幻映画館
『酔いどれ天使』
2009年02月09日
http://blog.livedoor.jp/michikusa05/archives/51170262.html

『酔いどれ天使』 昭和23年キネマ旬報第1位



<監督>黒澤 明

<製作>本木莊二郎
<撮影>伊藤武夫
<美術>松山 崇
<照明>吉沢欣三
<音楽>早坂文雄
<録音>小沼 渡
<スチール>副田正男
<編集>河野秋和
<音響効果>三縄一郎
<監督助手>監督助手 小林恒夫


<脚本>黒澤 明・植草圭之助

<出演>
志村 喬・三船敏郎・山本礼三郎・中北千枝子・小暮実千代・千石規子・久我美子・飯田蝶子・進藤英太郎・殿山泰司・清水将夫・河崎堅夫・木匠久美子・城木すみれ・笠置シヅ子・川久保とし子・登山晴子・南部幸枝・堺左千夫・生方 功・谷 晃・南部雪枝





<粗筋>

戦後間もない東京のある場末。メタンガスの湧く溝池(どぶいけ)が街の中にある。池の畔で男(堺)がギターを弾いている。
その近くで医院を開いている真田(志村)の所へ負傷した闇市のやくざの松永(三船)がやって来る。
「一回どっかでレントゲン撮ってみな、まずこれくらいの穴が開いてるね」 真田が指で丸を示す。
「なに!」 松永がいきなり真田の胸倉を掴み押し倒した。看護婦の美代(中北)が間に入って止めた。
反骨漢だが一途な医師はやくざの鉄砲傷を手当てしたことが切っ掛けで彼が結核に冒されているのを知り、その治療を親身に試みる。しかし若く血気盛んな松永は素直になれず威勢を張るばかり。
更に、出獄して来た兄貴分のやくざ(山本)との縄張りや、情婦奈々江(木暮)を巡る確執の中で急激に命を縮めていく。

 カッコウワルツが街に響いている。
「あんた、こんな世界には向かないよ」
酒場のぎん(千石)が松永に言う。「足を洗ったほうがいい。一緒に田舎においでよ」 ぎんは松永に以前から惚れているのだ。
花屋の店先からいつものように松永が花を一本抜き胸ポケットに差し込むと、店員(木匠)が追い駆けて来て代金を請求する。松永はもう街の顔ではなくなっているのだった。
  弱り果て追い詰められていく松永。吐血して真田の診療所に運び込まれ、一旦は養生を試みるが、結局は窮余の殴り込みを仕掛ける。奈々江の部屋で岡田がギターを弾いている。松永が入って来てナイフを構える。奈々江が逃げ出す。



岡田に迫る松永が喀血した。その隙に岡田は短刀を手にして、二人は廊下に転げ出る。
置きっ放しのペンキの缶が倒れ白いペンキが廊下に広がる。
二人はその上で真っ白になり縺れ合う。岡田の短刀が松永の腹を刺し、松永は物干し台に倒れ動かなくなる。
真田はそんな松永の死を毒舌の裏で哀れみ悼む。闇市は松永など元からいなかったように、相変わらず活気づいている。溝池を見つめるぎん。
そこへ真田が来る。「これ、あの人のお骨なの」 ぎんは松永の葬式をだしてやり田舎に引っ込むつもりだった。 



 「無駄なことだ!」「でも、あの人、珍しくしんみりと聞いていたわ。泣いているようにも見えた」「それでもあんな馬鹿なことをしでかすのがヤクザなんだ」 
その時、「先生!」と声がして少女(久我)が走って来 て卒業証書を差し出す。
真田は結核が治癒したと微笑む女学生に一縷の光を見出した気分になる。結核を克服して「アンミツ」を食べる約束になっていたのだ。
「理性さえあれば結核なんかちっとも怖くないわよね」 「結核だけじゃないよ。人間に一番必要な薬は理性なんだよ」。二人は腕を組み街の雑踏の中へ消えて行った。






<一言>

当初、脚本の植草圭之助は、松永が苦悩の末に街娼と心中に至る筋書きを提案した。しかし、黒澤はそうしたロマンチシズムではなく「やくざ・暴力否定」の主題を重要視、暴力に訴える人間の末路として松永は抗争の果てに自滅するよう書き改めた。
しかし、松永役の三船の圧倒的な野性味は演出や撮影段階で抑えきれず、黒澤はむしろその個性を活かす方向へ変えた、と言う。
当時、戦争帰りの若者には社会復帰が出来ず自暴自棄的傾向に陥る者も多く、黒澤はそれに対して警鐘を鳴らす意味を込めた。だが、三船の個性はそれを吹き飛ばし、暴力とニヒリズムの魅力をスクリーンいっぱいに吐き出したのは皮肉と言える。



 また、そのような松永との好対照として、同じ結核に罹りながらも真田の言い付けを守り着実に治癒していく女学生(久我)という役を配し、混沌の中に秩序が萌芽するかの如き一面がある。 
 本当に強い人間とは何か、と言った黒澤の明確な倫理観が見られる。ラストシーンの真田と女学生との邂逅には、仄かな人間愛と希望を明日へ繋ごうとする生き方が見られる。
  私はこれまでに、この映画を何度観たのか。文字通りの力作として、今でも忘れ難い作品である。






<参考>

本来この作品の主人公は医師の真田役の志村であるが、準主役・三船の強烈な魅力が主役を喰ってしまった。これにより、黒澤は以降の諸作品に三船をメインに起用していく。
事実上、三船を世に知らしめた一本として評価されている。看護婦の美代役は折原啓子だつたのが病気のため中北千枝子に交代。以後、彼女も黒澤一家の女優となる。
 劇中で笠置シヅ子演じる歌手が歌う「ジャングルブギ」は黒澤明の作詞で、作曲は服部良一。 はじめ黒澤は「腰のぬけるほどの恋をした」という歌詞を提供したが、
「こんなえげつないの、わて、歌われへん。」と笠置がごね、已む無く「骨の溶けるような恋をした」と書き改めた。



このシーンは身体全体を使って歌うステージが延々と続き、当時の笠置のエネルギッシュな芸風が窺われる。
黒澤は音楽にこだわり、山本礼三郎がギターをつま弾きながら陰鬱な「皆殺しのブルース」を歌ってその後の主人公の転落を暗示し、落ちぶれた主人公が不治の病に苦しみながら闇市をさすらう場面では「カッコウワルツ」の底抜けに明るいメロデイが流れ、対位法的な効果をあげていた。
闇市のセットは当時としてはかなり大がかりのもので、溝に湧くメタンガスなど出来るだけ実物に即して作られた。


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